小咄
「んむむ~……。……ふあぁ……」

 大きく腕を伸ばし、深成はぱちりと目を開けた。
 そして、むくりと上体を起こす。

「……」

 ぼりぼりと頭を掻きながら、ぼんやりしていると、ようやく何か周りの状況がいつもと違うのに気がついた。

「?」

 見たこともない、己の部屋ではないメルヘンチックな家具類。

「ん? どこ? ここ」

 何より自分が乗っているのは、どう見てもシングルベッドではない、大きなベッドだ。
 何で、と思いつつ昨日のことを思い出していた深成は、ふと横に目をやった。

「……!!!」

 己の横に、真砂が寝ている。
 がばっと深成は、また部屋の中を見渡した。
 ここは……。

---い、いやいや。でもでもっ!---

 狼狽えつつ、己の身体に目を落とす。
 服に乱れはない。
 そろそろと真砂に目をやっても、ネクタイは取っているが、シャツは着ている。

---で、でも……---

 ベッドは一つだ。
 一緒に寝たのは間違いなさそうである。

---な、何てこった---

 一人で悶絶していると、もぞりと真砂が動いた。
 前髪を掻き上げつつ、深成を見る。

「気分はどうだ?」

「え……?」

 やっぱりわらわは、課長に抱かれたのかっ? とまた狼狽える深成に、真砂は起き上がりつつ言った。

「二日酔いじゃないだろうな?」

「あ」

 わたわたと、深成は自分の身体の様子を探った。
 特に気持ちの悪さも頭の痛さも感じない。

「な、何ともない……ようです……」

 俯いたまま、ぼそぼそと言う。
 真砂は布団をめくってベッドから降りると、腕時計を取ってシャツを脱いだ。

「桃缶の汁ぐらいで、よくもあれだけ酔えるもんだな」

「ご、ご迷惑をおかけしました」

 ぺこりと頭を下げ、素直に謝る。
 そして、俯いたまま、落ち着きなく辺りに視線を彷徨わせた。
 こういうところは初めてなので、どうも慣れない。

「あのぅ。課長、ここは……」

「見ての通りだ」

 何でもないことのように、素っ気なく言う。

「しょうがないだろ。お前の家はわからんし。お前、タクシーの中でのことなんか、覚えてないだろう」

 タクシーの中どころか、店の後半も記憶は怪しい。
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