小咄
 相変わらず、怪しく視線を彷徨わす深成に、真砂は少し考えた。
 そして、どかっとベッドの縁に座ると、ぐい、と深成に身体を寄せる。

 びくんっと、あからさまに深成の顔が強張った。
 そのわかりやすい反応に、思わず真砂は吹き出した。

「お前、男と二人でこんなところにいて、そんな反応してどうする。すでに終わってるかもしれないんだぜ?」

「ええええええっ」

 真っ赤になって、深成はベッドの上を後ずさる。

「だ、だってっ。別に服、そのままだしっ。課長だって……」

「脱がなくたって、やろうと思えばやれるぜ」

「えええええ」

 やはり真っ赤な顔で、だらだらと汗を流す深成を面白そうに眺め、真砂は勢いを付けてベッドから降りると、背を向けて着ていたTシャツを脱いだ。

「かかかか課長~~~っ!! なな、何する気ーーーっ!!」

 半泣きになって叫ぶ深成をちらりと見、真砂は呆れたように、眉を顰めた。

「馬鹿。風呂に入るだけだ」

 言いながらベルトを外し、風呂場らしきドアの向こうに消える。
 しばらくぽかんとその後を見ていた深成だが、慌てて顔を背けた。

 風呂場とはいっても、ここは普通のホテルではない。
 丸見えではないが、ちょっと首を動かせば、風呂場が見えるのだ。
 しかも、脱衣所というものがない。

 しばし顔を背けていた深成だったが、首が痛くなってきた頃には、シャワーの音と共に、ようやく風呂場のドアが曇って見えなくなった。

 ふと深成は、またきょろきょろと部屋の中を見回した。
 一体今は何時なのだ。
 窓が開いてないため、朝なのか夜なのかわからない。

 サイドテーブルに真砂の腕時計を見つけ、深成はそれを手に取った。
 考えていたよりも、随分重い。
 軽いと思っていたものが重かった場合に、ぎっくり腰というものになりやすいらしい、などと関係ないことを思いつつ、深成は手の平に時計を乗せた。

---おっきいなぁ---

 こういうところに、ふと『男』を感じる。

---そういえば、手もおっきかったしな---

 頭を撫でられたことを思い出し、深成は自分の前髪を触った。
 撫でられた、といっても、軽く手を置いた程度だ。
 捨吉のように、ぐりぐりと撫で回されたわけではない。

---そういやあんちゃんは、よくわらわの頭撫でるけど、何とも思わない---

 変ないやらしさもない代わりに、ときめきもないのだ。
 あだ名が『あんちゃん』なだけに、優しい兄貴キャラでしかない。
 故に結構何をしても許される面もあるのだが。

---何で課長だったら、びっくりするんだろ。まぁあの課長が頭撫でてくれるなんてこと自体があり得ないから、十分びっくりすることなんだろうけどさ---

 でも、ふとした瞬間に『男』を感じるのは真砂だけだ。
 普通の娘なら『ドキッとする』ところなのだが、生憎深成の感覚では『びっくりする』という表現なので、甘やかな雰囲気には程遠いが。
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