小咄

とある水泳教室での教育事情

【キャスト】
コーチ:真砂・捨吉(お子様担当) 生徒:深成・あき
・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆

「あきさん、いらっしゃい。あれ、君は新顔だね〜」

 ジムの中にあるプールに入った途端、子供を相手に泳ぎを教えていた捨吉が駆け寄ってくる。
 そして、あきの横にいる深成を覗き込んだ。

「この子、今日からお願いしてた、妹の深成。泳げないから、よろしくね」

 あきが深成を紹介する。
 元々この水泳教室は、あきが通っているスクールだ。
 水を恐れる妹を見かねて、自分の通う水泳教室に連れて来たのだ。

「何でか、スポーツは結構出来るのに、水泳だけは駄目なの。ちょっと前までは泳げたような気もするんだけど」

「わらわ、何か怖い夢見たんだもん。おっそろしい男の人にさ、川に放り込まれるの。わらわ、溺れてるのに助けてくれないんだもん。死ぬかと思った」

「……夢だよね?」

 話を聞いていた捨吉が、ちょっと苦笑いで言う。
 深成は口を尖らせた。

「そうだけど。怖かったんだもん」

「まぁ、元々泳げたんなら、すぐに感覚は戻るだろ。水に入るの自体が怖いわけじゃないよね?」

「うん……まぁ」

 簡単なカウンセリング的なことを受けていると、不意に捨吉が顔を上げた。
 向こうから歩いてくる、もう一人のコーチらしき人に向かって、軽く頭を下げる。

「真砂コーチだよ。あの人が一番上手い指導員なんだけど。深成ちゃんは、どうしようかな?」

 捨吉が悩んでいる間に、真砂は二人に近付いて、ちらりと深成を見た。
 あきが、がばっと頭を下げる。

「コーチっ! 今日もよろしくお願いします!」

 いつも、そうテンションの高くないあきにしては珍しく、声を張って挨拶する。
 やけに嬉しそうだ。

「真砂さん、この子、今日からの深成ちゃんです。あきさんの妹さんだそうで」

「ほぅ。こいつの妹なら、それなりに泳げるんじゃないか?」

 ちょい、と顎であきを指す。
 どうやらあきは、ここでは上位クラスに入る泳ぎ手のようだ。

「入ってみろ」

 さらに顎でプールを指す。
 顔は良いけど怖い人だなぁ、と思いつつ、深成はプールサイドに屈んで、ぱしゃぱしゃと身体に水をかけた。
 そして、おずおずと片足を水につける。

「……何をちんたらしている。入れと言ったら、とっとと入れ」

 いきなり背中を押され(しかも感触からして足で蹴られたようだ)、深成は水の中へ。

「うにゃーーー……」

 叫び声の後半は、水の中なので掻き消される。
 ごぼごぼと、しばし泡が上がり、次いで勢い良く深成が水面に顔を出した。

「なな、何すんだよぅっ! ……うっ……げほんげほんっ!!」

 激しく噎せながら、深成が噛み付く。
 プールは結構な深さのようだ。
 深成が焦って、もがいている。

「あ、足が着かない!! がぼっ!! お、溺れちゃう……ごぼっ! あき姉ちゃ〜ん!」

 溺れながら泣き喚く深成を、真砂は冷めた目で見つめた。
 その横で、ちょっとはらはらしながら、捨吉が真砂を窺っている。
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