小咄
 が、さくらはまたも、ふるふると首を振る。

「まさごせんせ、こまってた。まさごせんせ、まるちゃんきらい?」

「そっかぁ。そんなことないよ。まるちゃんは、さくらちゃんのだから、ぎゅっとしたら駄目だと思ったんじゃない?」

「そんなことないよぅ。まるちゃん、まさごせんせ、すきだもの」

 いまいち噛み合ってないが、さくらは立ち上がると、捨吉に向かって両手を差し出した。

「何? 抱っこ?」

 軽く言い、捨吉はひょい、とさくらを抱っこする。
 するとさくらは、ぎゅ〜っと捨吉に抱き付いた。

「さくらは、すてきちせんせもすき」

「うん、先生もさくらちゃん好きだよ」

 そう言って、きゅ、と抱き返す。
 相変わらず目の前では、子供たちがぴょんぴょん飛び回り、真砂が駆けずり回るという、嵐のような光景が繰り広げられているのだが、ここだけは、ほんわかした陽だまりのように穏やかな空気だ。

「だいすきなひとには、ぎゅってするでしょ?」

「ん?」

「だからね、まさごせんせも、ぎゅっとしてほしいの」

「そっか」

 なるほど、と頷き、捨吉は部屋の中の嵐を見た。
 無駄に体力のある子供たちの相手を一人でしている真砂は、さすがに息が上がっている。

 が、どうやら一段落ついたようだ。
 抱えていた子供を降ろし、ふぅ、と息をついた真砂に向かって、捨吉はいきなり、抱いていたさくらを投げた。

「ほぉら、さくらちゃん。だ〜いぶ」

 真砂が目を剥く。

「すっ捨吉っ……!」

 まさか捨吉がこのように手荒なことをするとは思わず、驚いた真砂だが、並でない反射神経に突き動かされ、真砂はさくらに向かってダッシュ。
 見事に受け止めた。

「さぁっすが真砂先生。ほら、さくらちゃん。ちゃんと真砂先生、ぎゅっとしてくれただろ?」

 真砂が文句を言う前に、捨吉が拍手しながらさくらに言う。
 そしてさらに、真砂に向かって付け足した。

「さくらちゃん、真砂先生にぎゅっとされないから、悲しいんですってよ」

 真砂は微妙な表情で捨吉を見た後、腕の中のさくらに視線を落とした。
 さくらに抱っこをせがまれたのは、犬のぬいぐるみのはずだが、心の機微の乏しい真砂は、そんな細かいことまで気が回らない。
 
 幼いさくらも、捨吉に言われてその気になる。
 小さい手を、真砂に差し伸べた。

「ほら真砂先生、ぎゅ〜っ」

 捨吉が、足元に纏わり付いていた女の子を抱き上げて言う。
 真砂はちらりとさくらを見、きゅ、と抱き締めた。

 こういうところは、捨吉のほうが一枚上手だ。
 上手く真砂を乗せる。
 単に、実は真砂は、単純なのかもしれないが。
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