小咄
「んむむむ〜〜……。んにゃにゃにゃ〜〜……」
午後九時。
前にもまして人のいないフロアに、妙な呟きが響いている。
上座でPCと向かい合っていた真砂が、すぐ前でぶつぶつ言っている深成に顔を向けた。
「何を変な声を出している」
「んむぅ。だって雷鳴ってる。ぶつぶつ言ってないと、聞こえるもん」
「ああ、そういえばそうだな。何だよ、雷が怖いのか」
少し前から、雨が強く降っている。
さらに今は、雷が鳴っているのだ。
「こんなもん、大したことないだろう。さぁ、さっさと終えないと、悪くしたら電車が止まるぞ」
真砂が言った瞬間、いきなり耳を劈くような雷鳴が響いた。
深成が息を呑む。
そしてその一瞬後に、フロア中の電気が消えた。
「んにゃーーーっ!!!」
さっきの雷鳴よりも凄まじい叫び声が響く。
そっちのほうに、真砂は驚いた。
思わず席を立ち、身を乗り出したが、幸い明かりはすぐに点いた。
「……どうした」
目の前では、深成が目を大きく見開いて固まっている。
目はPC画面に据えたままだ。
そろりと深成の背後から画面を見ると、そこは真っ黒。
時が止まったように固まっていた深成が、ぎゅっと目を瞑った。
不意にその目から、涙が溢れ出す。
「……うぅええぇぇ〜〜ん。折角あと一箇所だったのにぃ〜。データ飛んじゃったよぅ〜」
えぐえぐとしゃくり上げながら涙を流す深成にまた驚きつつ、真砂は手を伸ばして、PCを操作した。
「……駄目だな。立ち上がりはするが、作りかけのデータは消えただろう」
落雷で、PCが落ちたのだ。
真砂はしばらく深成のPCを操作し、データ状況を確認した後、身を起こした。
「真っ白のフォーマットのみ、だな」
「うえぇぇ〜〜ん」
顔を上げて泣きじゃくる深成に若干呆れつつ、真砂は深成のキーボードの横にある書類を見た。
もう少しで出来上がる予定だった、最後の書類だ。
「仕方ないな。これはいい」
「え、だって今週中でないと駄目でしょ?」
涙の溜まった目で、深成が言う。
今日は金曜日。
今日中に仕上げないと、間に合わない。
「月曜の朝にあればいいんだ。家でやるさ」
そう言って書類を取ると、真砂はそれを、自分の鞄に突っ込んだ。
「お家でお仕事するの? ……ごめんなさい」
しゅん、と項垂れる深成を、真砂はPCを落としながら、ちらりと見た。
そして、つい、と顎で深成のPCを指す。
「気にするな。さぁ、帰るぞ」
こくりと頷き、PCを落としながら、深成は窓の外に目をやった。
まだ時折稲妻が光っている。
怯えながら荷物をまとめた深成は、ふと気付いて真砂を見た。
「傘がない」
「……今日は雨の予報じゃなかったからな」
冷たく言い、真砂はスマホで列車状況を調べた。
午後九時。
前にもまして人のいないフロアに、妙な呟きが響いている。
上座でPCと向かい合っていた真砂が、すぐ前でぶつぶつ言っている深成に顔を向けた。
「何を変な声を出している」
「んむぅ。だって雷鳴ってる。ぶつぶつ言ってないと、聞こえるもん」
「ああ、そういえばそうだな。何だよ、雷が怖いのか」
少し前から、雨が強く降っている。
さらに今は、雷が鳴っているのだ。
「こんなもん、大したことないだろう。さぁ、さっさと終えないと、悪くしたら電車が止まるぞ」
真砂が言った瞬間、いきなり耳を劈くような雷鳴が響いた。
深成が息を呑む。
そしてその一瞬後に、フロア中の電気が消えた。
「んにゃーーーっ!!!」
さっきの雷鳴よりも凄まじい叫び声が響く。
そっちのほうに、真砂は驚いた。
思わず席を立ち、身を乗り出したが、幸い明かりはすぐに点いた。
「……どうした」
目の前では、深成が目を大きく見開いて固まっている。
目はPC画面に据えたままだ。
そろりと深成の背後から画面を見ると、そこは真っ黒。
時が止まったように固まっていた深成が、ぎゅっと目を瞑った。
不意にその目から、涙が溢れ出す。
「……うぅええぇぇ〜〜ん。折角あと一箇所だったのにぃ〜。データ飛んじゃったよぅ〜」
えぐえぐとしゃくり上げながら涙を流す深成にまた驚きつつ、真砂は手を伸ばして、PCを操作した。
「……駄目だな。立ち上がりはするが、作りかけのデータは消えただろう」
落雷で、PCが落ちたのだ。
真砂はしばらく深成のPCを操作し、データ状況を確認した後、身を起こした。
「真っ白のフォーマットのみ、だな」
「うえぇぇ〜〜ん」
顔を上げて泣きじゃくる深成に若干呆れつつ、真砂は深成のキーボードの横にある書類を見た。
もう少しで出来上がる予定だった、最後の書類だ。
「仕方ないな。これはいい」
「え、だって今週中でないと駄目でしょ?」
涙の溜まった目で、深成が言う。
今日は金曜日。
今日中に仕上げないと、間に合わない。
「月曜の朝にあればいいんだ。家でやるさ」
そう言って書類を取ると、真砂はそれを、自分の鞄に突っ込んだ。
「お家でお仕事するの? ……ごめんなさい」
しゅん、と項垂れる深成を、真砂はPCを落としながら、ちらりと見た。
そして、つい、と顎で深成のPCを指す。
「気にするな。さぁ、帰るぞ」
こくりと頷き、PCを落としながら、深成は窓の外に目をやった。
まだ時折稲妻が光っている。
怯えながら荷物をまとめた深成は、ふと気付いて真砂を見た。
「傘がない」
「……今日は雨の予報じゃなかったからな」
冷たく言い、真砂はスマホで列車状況を調べた。