小咄
「真砂先生っ!! 負けないでよっ!!」

 追い討ちのように、深成の声が再び聞こえる。
 やたらと深成の声だけが聞こえるのは、六郎だけなのかもしれないが。
 よろりと、六郎がよろめいた。

---そ、そんな必死になって奴を応援するのは……。やはり弁当を、真砂先生に食べて貰いたいからなのか……---

 単純に、自分のクラスを応援しているだけかもしれないし、まして深成のこと、その可能性のほうが高いのに、六郎は生気を吸い取られたかのように、格段にスピードが落ちた。
 そんな打ちひしがれた六郎と真砂の間は、最早二、三歩の距離まで縮んでいる。
 が。

---いいや! そうはさせん!! ここで私の勇姿を見せ付けて、深成ちゃんの目を覚ましてやるのも、教師の務めだ!!---

 その目の覚まさせ方はどうかと思うが、六郎はいきなり加速した。
 あと少しで六郎を追い越そうとしていた真砂が、僅かに驚いた顔になる。
 今迄にない闘志を燃やした六郎は、一気に真砂との距離を開きにかかる。

「……くそっ」

 走りながら、真砂は呟いた。
 ちらりと視線を上げると、深成は応援旗を振るのも忘れて、じっと真砂を見つめている。
 真砂と目が合うと、深成は、ぐ、と拳を握り締めて、すぅ、と息を吸い込んだ。

「真砂せんせーーーっ!!! 頑張ってーーーっっ!!!」

 あらん限りの声を張り上げる深成に、またも六郎がふらついた。
 深成の、真砂への応援は、それだけでかなりのダメージを与えるようだ。
 擦り減るばかりのHPに鞭打って、六郎は見えてきたゴールテープに向かう。

「ああっ! もぅ、おどきっ!」

 走り終えて応援に回っていた千代が、同じく走り終えて休んでいたあきを押しのけた。
 コースの内側からゴールテープの手前で、六郎に身体を向ける。

「六郎セ・ン・セ。ご褒美」

 そう言って、思い切り身体を仰け反らせる。
 ただでさえ、千代は水風船を食らっているのだ。
 濡れた体操服はぴたりと身体に貼り付き、微妙に透けている。

 加えて千代は、抜群のプロポーション。
 ほぼ下着のブルマから、惜しげもなくすらりとした足を、六郎に向けて突き出す。

 六郎が上を向いた。
 徐々にスピードが落ちたと思った途端、ぶっと真っ赤な液体が、噴水のように噴き出した。

 そのまま、ゆっくりと六郎は、仰向けに倒れる。
 その横を、真砂が追い抜いた。

「やったぁ〜〜〜っ!!」

 鼻血にまみれた六郎の視界の端で、深成が嬉しそうに旗を振りつつ跳ね回っているのが見えた。
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