【短編】遺り火
自室へ戻ってからもまだ、鼓動の早さは変わらない。

手の中の封書が熱を帯びている。

自分の勘が当たっていないことを祈りながら震える手で封書を開く。


手紙は10枚以上はあろうと思われた。


流れるような女文字でビッシリと書き込まれている。


ゴワゴワと手紙の端を伸ばしながらサナエは立ったままで、手紙を読み進める。


体中の力が抜け出ていくような思いに駆られながらも、目をそらすことが出来ず、文字を目で追って行く。


手紙には、義父と女性との関係が綴られていた。


驚いたことに、その関係はすでに数十年もの長い間続いていたというのだ。


誰にも、知られることなく。

ただ、ただ、静かに・・・。


決して妻にはなれない女の哀しみと義父の愛を一身に受け止めたいという願いが切々と書かれている。


急な入院が決まってからというもの、
会えない悲しみ、は膨らんでいく。


ダンディで、寡黙な普段の義父の姿からは想像もできない義父の像が手紙からにじみ出してくる。


10歳以上も年の離れた女性の膝を枕にして猫の真似をする義父の姿など誰が想像できるだろう?


決して家族の前では、見せない義父の姿がそこにあった。


義父にとって、女性は憩いの場所であったに違いない。


堅いばかりの義父を見てきたサナエは義母には悪いと思いながら、なにやら心が和らいでいく。


癇性な義母は、いつもキリキリと立ち働いてはいたが、義父にとって家庭は居心地の良い場所ではないように見えていた。


義母の指図に抗うでもなく、黙って困ったような顔をしていた義父の姿を容易に思い出すことが出来る。


「婦人会の寄り合い」と称して、昼と夜となく家をあけていた義母を責めるでもなく。


その時間を利用して、二つの家を行き来していたに違いない。


義母が旅行で留守にしたときにだけ、帰りが遅くなる義父。


心を砕いて、もう一つの家を守っていたに違いない。


その女性は、義父のお葬式には、参列していただろうか・・・・・?
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