傷ついてもいい
「あ、このマンションの管理人さんって何時までいらっしゃるんですかね?」

斎藤は、エレベーターの中で聞いてきた。

「あー、ここは、お昼の2時くらいで帰っちゃうんですよ」

「そうかあ、じゃあ、荷物とか預かってもらえないですね」

斎藤は、少し残念そうに言う。


「あ、お一人なんですか?」

特に意味もなく佳奈は聞いた。

「ああ、はい。恥ずかしながら、バツイチでして」

確かに見た感じは、30代半ばくらいで、普通に所帯を持っていそうな雰囲気。

けれど、どこか色気もあって、浮気でもバレて捨てられたかと、佳奈は勝手に妄想した。

「もう5年になるんですけどね。病死したんです、嫁さん」

「え!」

良からぬ妄想をしていた佳奈は、申し訳ない気持ちになる。

「そうなんですか…」

チン、と音が鳴り、エレベーターが1階に到着した。

「すいません、なんか初対面の方にこんな話」
「いえいえ、そんな!何かお困りのこととかあれば言ってくださいね」

「ありがとうございます。じゃあ」

斎藤は、駐車場に向かっていった。

…なんかいい人そうだなあ。

しばらく斎藤の背中を見送る。

…あ、ヤバイ!遅刻!

佳奈は我にかえり、慌てて駅に向かって足早に歩いた。
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