バスボムに、愛を込めて
1.吊革にハンカチ
――憧れの本郷さんは、毎朝あたしの乗る電車に途中の駅から乗ってくる。
あたしは今日もそれを期待して、いつもの車両に乗り込んだ。
ギュウギュウ詰めのラッシュも、本郷さんをひと目見るためならなんてことない。
そして三つ目の駅……ほら、乗ってきた。
皺ひとつない紺のスーツ。高めの鼻を引き立てる、細長いスクエア型の眼鏡。切れ長の瞳をさらに細めてポケットを探り、取り出したのはブルーのハンカチ。
彼はそれで吊革の持ち手を覆うと、骨ばった大きな手で掴んだ。
キレイ好きなんだなぁ……素敵。
あたしはさっきから揺れに乗じてお尻に触れてくる不届きな手に爪を食い込ませギュウっとつねりながら、本郷さんに見とれる。
「痛てて……」
耳元で、犯人と思われるオヤジの声がする。
自業自得よ! あたしの朝のお楽しみを邪魔するなんて。
フン、とオヤジに聞かせるように一度鼻から息を漏らしたあたし。
本当なら最寄りの駅ですぐ駅員さんにつき出してやりたいけど、生憎今日はそんなことをしている暇はない。
だって、だって――
今日から本郷さんと一緒に仕事ができるんだもの!
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