バスボムに、愛を込めて
「羽石。時間だ」
「はーい」
別の実験台で、さまざまな材料を手にバスボムの配合を決める作業中だった本郷さんに声を掛けられ、あたしは立ち上がった。
その場に白衣を置いて、あたしたちが向かうのは会議室。今日はそこで展示会の打ち合わせがあるのだ。
「お前、漫画家になりたかったのか」
並んで廊下を歩いていると、さっきの話を聞いていたらしい本郷さんにそう言われた。
あのデート以来、こんな風に彼の方から話しかけてくれたり、他愛のない話でよく笑顔を見せてくれるようになったのが嬉しい。
たとえ二人きりで会えなくても、関係は確実に近づいていてるなって実感できるから。
「昔ですよ。すぐに才能ないって諦めましたけどね」
「ふうん。でもそれを今活かせてるんだから、無駄な時期ではなかったってことだな」
そう言ってこちらを見た彼の切れ長の目は眼鏡の奥で優しく細められていて、あたしの心臓が、子犬みたいにキャインと鳴く。
見えない尻尾は、ずっと振りっぱなし。
「そう……だといいな。あ、本郷さんは子供の頃、何になりたかったんですか?」
「……俺は。……笑うからいい」
少し照れたようにうつむき、眼鏡を手で押さえた本郷さん。
「ええ? 余計に気になりますよそんな言い方!」
「……ほら、もう静かにしろ。会議室そこだぞ」
そう言うなりそそくさと歩く速度を速めて、彼は廊下の突き当たりにある扉に入っていってしまった。
そんなに恥ずかしがる夢だったのかなぁ。何とかレンジャー系?
本郷さんの子どもの頃の夢なら、あたしは何を言われても笑わないのに。
まだ完全に信頼されたわけじゃないんだな、と寂しく思う気持ちを飲みこんで、あたしは気持ちを切り替え、会議室へと足を進めた。