バスボムに、愛を込めて
相変わらず多くの人が行き交うこの会場で、あたしたち三人のいる空間だけが異様な雰囲気だった。
いい加減、仕事に戻らないといけないけど……ずっと黙ったままの本郷さんは何を思っているの……?
そんな中、一番に沈黙を破ったのは、孝二だった。
「美萌、俺はもう持ち場に戻るけど、今日この後暇ならメシでも行こう。後片付けまで終わったら電話かメールで……」
「ごめん、暇じゃない! 今日はあたし、先約があるの!」
仕事を終わらせてから、もう一度ちゃんと本郷さんと向き合って謝りたい。
こんなことで、せっかく積み上げてきた信頼を失いたくないよ……
祈るような気持ちで本郷さんの顔を見る。
眼鏡の奥の瞳はしばらく伏せられていて、キリキリと胃が締め付けられる感覚に襲われながらも、彼の言葉を待った。
「……好きにすればいい」
やがて薄い唇が紡ぎだしたのは、そんな投げやりな一言。
「え……?」
「あの約束はナシだ。……じゃ、俺は戻る」
「待って、本郷さん! あたし……」
思わず彼のスーツの袖をぎゅっと掴むと、その手はパシン、と払われてしまった。
そして振り返った彼があたしに向けた視線はまるで、汚いものでも見るかのようで……
「――触るな、不潔女」
冷たい声で投げつけられた言葉。
見開いた目からぶわっと熱いものが込み上げそうになり、慌てて唇を噛んだ。
ダメだよ、仕事中なんだから……泣くな、美萌、泣くな……
それでもゆらめいてきてしまう視界に映ったのは、グレーのハンカチ。
それを差し出していたのは孝二で、彼は無理矢理あたしの手にそれを握らせると、頭をそっと撫でてからこの場を去った。