バスボムに、愛を込めて
「……わかった」
あたしは孝二の腕の中で、コクリと頷いた。
ずっと耳元で聞いていた低い声が、最後の方は弱々しく震えていたから。
もう、これ以上孝二を傷つけるような返事は、あたしにはできなかった。
ゆっくり身体が離れていくと、孝二は大きな手で顔を隠しながら、くぐもった声で言う。
「俺……ちょっと遠回りして、頭冷やしてから帰ることにするわ」
「うん……」
「送れなくて悪い。気を付けろよ」
「うん……」
「……じゃあ、な」
遠ざかる背中を見つめていると、悪いことをしたなと思う。
だけど、呼び止めて自分の言ったことを撤回したいとは思わない。
あたしの心が求めているのは、本郷さんただ一人。
誰も彼の代わりになんか、なれっこないんだ。
「これから、どうしよう……」
明日からは、また通常の仕事だ。
本郷さんは仕事に私情を挟むなんて子供っぽいことはしないと思うけど、気まずいことにはかわりない。
明日の実験室の空気を想像すると思わずため息が漏れて、肩から提げたバッグがより重くなって自分にのしかかってくる気がした。