バスボムに、愛を込めて
17.アルコール消毒してる場合か-side 本郷瑛太-
羽石美萌を初めて見たのは、三年前の春。
咲き始めた桜が街を彩る入社式の日に誘導係として駆り出された俺は、会社近くのアリーナを貸し切って行われたその式の最中、ただソツなく与えられた仕事をこなしていた。
新入社員は皆緊張した面持ちで、私語も少なく背筋はピンと伸びていて。
きっと俺も入社して間もない頃はあんな風だったのだろうと思うのと同時に、最近はその初心を忘れかけているな、と自分を顧みて反省したりしていた。
しかし、途中からどうも誰かに見られているような感覚がして、会場の中をそれとなく見渡していると、一人の女子社員とバッチリ目が合った。
今の彼女より少し短いボブヘアに、大きな黒い瞳。
周りの女子社員たちよりは、可愛い方か、などと冷静に分析したりしつつも、最初はたまたま目が合っただけなのだろうと思っていた。
しかし、式が進んで、自分の知らないお偉方からの祝辞はともかく、自社の社長の話が始まっているのにそいつはずっと俺から目をそらさない。
……気味の悪い女だ。
そう思った俺は極力そいつを見ることをやめ、移動中もわざと距離を取るようにしていた。
別に話しかけられることもなかったし、彼女がどこに配属になったのかも特に知らないまま入社式は滞りなく終わり、その後も関わることはなかったから、俺はすっかりそいつの存在なんて忘れていたんだ。
また今年も巡ってきた桜の季節、自分の隣にキムチ臭が漂うまでは。