バスボムに、愛を込めて
「……まだ一緒にいたい、です」
……コイツは。どこまで俺の心に踏み込んでくるんだろう。
俺が普通の男だったなら、その場で抱き締めていたに違いない。
でも、簡単にそうできない俺は、ただ眩しく見える羽石を見つめ、その小さな手を取ることしかできなかった。
柔らかい、女子の手、だ。なんて、改めて思うと鼓動が速くなった。
こんな風に手を繋ぐだけで胸がときめくのは、長いこと恋愛から遠ざかっていたからか……?
俺はそう思いつつ、決してそれだけではないような気もしていた。
それから雰囲気を持ち直したデートの間中、俺は彼女を胸に爽やかな気持ちを運んでくれる海風のようだと思っていた。
行きのバスで涙を浮かべてたのが嘘みたいに、よく笑って、はしゃいで、俺の心のひねくれた部分をほどいてゆく。
誰にも話したことのなかった自分の中にある葛藤も、羽石になら、と少しだけ話した。
核心には触れてないし、アイツも気を遣ってか詳しく聞こうとしなかったから、もちろん何の解決にもならなかったが、それでも、幾分気持ちが軽くなったのは確かだ。
このまま羽石と親しくなって、彼女の素直さに触れ、目の前の青い海のように自然体の心を取り戻すことができたら、その時は、兄貴に会いに行けるかもしれない。
初めて、そんな可能性を信じてみたくなった。
ゆっくり、時間をかけてもっと羽石を知っていこう。
展示会も、困っていたらフォローしてやろう。
そう、優しい気持ちになっていた矢先に――――あの男、中丸が現れた。