バスボムに、愛を込めて
定時に仕事を終え、本郷さんが実験室を引き上げる時を見計らい、あたしは廊下の途中で彼に声をかけた。
「本郷さん!」
「……なんだ」
怪訝そうな顔をして、彼が振り返る。
言い方は冷たいけど、決して無視はしない本郷さんが好きだ。
好きだから、言わなきゃ。頑張れあたし!
「あの……無理を承知でお願いするんですけど、明日からの連休のうち、一日だけでいいのであたしにください!」
……ああ、緊張。自分の好意はとっくに知られているとはいえ、真正面からデートに誘うのはやっぱりとてつもない勇気がいる。
「お前……こないだ言ったこともう忘れたのか?」
「恋人なんていらないってやつですか? 覚えてますよ。本郷さんこそ忘れてます、あたし言いましたよね。“諦めない”って」
はぁ、とため息をつき、おでこを片手で覆った本郷さん。
白衣の袖からは立派な腕時計が覗いていて、そのブランドをちゃっかり心の美萌メモ(早口言葉みたいで言いづらいな)に焼き付けた。
「悪いけど、俺は連休中ずっと忙し――」
「海! 海に行きたいんです、あたし!」
寧々さんにもらったキーワードの“海”。
望みがあるならきっとそこだけだと思うから、さっさと彼にぶつけてしまった。