バスボムに、愛を込めて
10.ライバル宣言

帰り道を彩る桜の木は鮮やかな緑の葉に衣替えしていて、日没の遅いこの時期は、それが柔らかいオレンジに染まって風にそよいでいる。

……なーんて、今日のあたしってばちょっと詩人。

本郷さんとデートの約束をした小一時間前から、恋する乙女度がぐんとUPしているような気がしている。

そのせいか、空に雲に、花や木、景色のすべてがいつもと違って見えるし、ただの空気すらおいしく感じられる。

あの直後は思いがけず舞い込んだ幸福に胸がつぶれそうで苦しかったけど、少し時間の経った今では逆にふわふわとした気持ちで、足取りも軽い。

油断すると、ふふふと笑ってしまいそうなくらいだ。

五月三日、あたしはとうとう憧れの本郷さんとデートができるんだ――。

会社から家までの間でその事実をしみじみ噛み締めること、約百回。


玄関の前で百一回目のそれをしながら鍵を回したとき、不気味な感覚がした。

……鍵が開いた音も感触もなかったのだ。


< 74 / 212 >

この作品をシェア

pagetop