HAIJI
「でも、キチンとやってるんだな」
「デタラメのために労力を使うほど馬鹿じゃない」
なるほど。言われて見れば、道理だ。
「なんてね。残念ながら馬鹿なときもあったのは認めるよ。
で、教えてほしいことがあるって?」
「あ、ああ…」
俺は未だにハイジへの偏見は消えていない。
ルールや秩序、独自の文化があることには驚かないが、たまに、当たり前のように社会的な知性を垣間見ると、そのギャップを馴染ませることにしばしば時間がかかってしまう。
俺は瞬きを二回、ため息を一回ついてから一偉に向き直った。
「このスラムの場所がどこなのか、正確な位置が知りたい。できれば…そうだな、中央区までの距離とかわかるかな。地図とかあると助かるな」
俺の言葉に、一偉の右の眉がピクリと動く。
「理由を聞いても?」
「外に行きたい」
単刀直入に切り出す。
すると、それに答えたのは一偉の声ではなかった。
「ばっかじゃねーの」
一偉の視線は俺の後ろ。
声の主は──宵だ。
「お前は七汰が鼠取りに捕まったの、もう忘れたのか?」
「まさか」
「あのな、外の連中なんて俺たちを見つけたら鉄パイプで殴りかかってくるんだぞ?足の骨だけで済まねーんだよ」
眉間に寄った怒りは、彼の経験が物語っているのだろう。
宵は腕を組んだまま静かに俺に近付いてくる。
「温室育ちの坊っちゃんにはまだ早ぇ」