HAIJI


 暗い道をただひたすら歩く。
 ここは北部。
 太陽がない時間帯はもう寒い。

 スラムに来たときの上着はまだ健在。
 中のTシャツとジーンズはだいぶ汚れてしまっていたが、上着でなんとか隠せている。
 匂いが一番の心配だった。

 一応、スラムには洗濯も風呂もあったが、けして満足できるものではない。
 染み付いたスラムの匂いに俺自身が麻痺している。


 大和に拾われた時、俺は人気のない無人の小屋で眠っていた。
 その時に持っていたものはいつも持ち歩いていた鞄がひとつ。
 中には財布と携帯電話、ハンカチ、ボールペン、手帳のみ。
 携帯電話は不通になっていたし、何度か弄っているうちに電源が落ちた。
 財布にいくらか現金が入っていたのは救いだった。
 キャッシュカードも入っていたが、これも勿論使えなくなっているだろう。


 5時間程歩いて、空が白み始めてきた。
 もともと体力はなかった方だが、スラムでの生活で一段と体力が落ちた気がする。
 何か食べたい。
 遠くにコンビニが見えて足を止めた。


「……、」


 自然と心臓の音が早くなる。
 まだ早朝。
 人は多くない。
 大丈夫。大丈夫だ。
 お金がある。
 身なりが汚いのなんてハイジじゃなくてもいくらでもいる。
 堂々としろ。

 息を思いきり吸い込む。
 念のため電源の入らない携帯電話を握り、地面を踏み締めた。
 カモフラージュのためだ。

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