地の棺(完)
「そうよ。アルゼンチンやブラジル、メキシコなんかにいる蝙蝠なんだけどね。

その名の通り血を吸うのよ。生き物の」


「血をですか?」


「ええ。吸血鬼のイメージぴったりでしょう?

私達はチスイコウモリを見たっていう洞窟を探したんだけどなかなか見つからなくて。

この狭い島の中を探して探して……

気が付けば、私にも柚子にも当初の目的より大切なものができたの」


「大切なもの、ですか?」


姉さんがいっていた恋人のことだろうか。

椿さんは押し花からわたしの顔に視線を移し、優しく微笑んだ。


「そうよ。私達はこの島でずっと暮らして行くことに迷いはなかったわ。

でも旅の者には優しい島民も、本土からの移住者は快く思わなかった。

だから柚子は強硬手段に出たの」


強硬手段。

その言葉を聞いた時、なぜだかとても嫌な予感がした。

言いようのない不安が体を包む。


「強硬手段って……なんですか?」


椿さんは微笑みをたたえたまま、わたしの眼をじっと見つめた。

なんの感情も感じられない、人形のような瞳で。


「柚子はね、妊娠したの。加岐馬島の島民の子供を」


妊娠。

あまりにも衝撃的なその言葉に、わたしは言葉を失くし、なにも言えなくなった。

姉が……妊娠していた?

そんなの知らない。聞いてない。

だから帰って来ようとしてたの?

だから結婚の話をしようとしてたの?

混乱するわたしを見て、椿さんはとても面白いものでもみるような顔で軽やかに笑っていた。
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