地の棺(完)
立ち上がってみると、違和感はすごいが歩けないほどではない。

初ちゃんの手を固定するものがないか周囲を見回し、クローゼットの中にあった靴ベラに目をつける。


「ちょっと、それすっごく嫌なんだけど」


靴ベラを手にしたわたしを見た初ちゃんは、心底嫌そうに顔をしかめた。


「後はヘアブラシとか……」


「……それでいい」


初ちゃんの左手を固定するため、靴ベラをあてて包帯を巻いていると、


「どこにいたの?」


と初ちゃんが聞いてきた。

どこにいたのか。

崖の近くだったと思うけど、具体的には説明できない。


「山の中、だと思う」


「なんでそこに?」


「わからないの。初ちゃんが寝てる時に、椿さんと話してて……」


「椿と?」


初ちゃんの表情が険しくなり、胸がずきっと傷んだ。


「ごめんね。椿さんもいなくなったんだよね。わたしがあの時寝てしまわなければ……」


「だからって山の中に置き去りにされたら、普通目が覚めるだろ?」


強い口調の初ちゃんに何も言い返せず、俯いた。

すると初ちゃんは慌てて首を左右に振る。


「いや、違……責めてるんじゃないしっ!
薬かなんか使ったんじゃないかって、そう言いたいの」


薬?


「なんか気づいたことととかないわけ?
いつもと違う匂いがしたとか……」


言われて思い出した。

どういえばあの時、突然ミントの香りが部屋に広がって……


「ミント」


「え?」


「ミントの匂いがしたの。その後急に眠くなった気がする」


< 161 / 198 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop