地の棺(完)
シゲさんが音が聞こえる方向に懐中電灯を向けた。

暗い闇に浮かぶ人の顔。

そこには黒い着物を着た雪君が、薄い笑みを浮かべて立っていた。

手には視界を照らすものはなにも持っていない。

まさか暗闇の中、歩いて……?


「雪君……」


「蜜花さん。あなたを呼んだのは僕ですよ」


雪君の声は今まで聞いたことがないくらい冷たくて。

その瞳は冥府の亡者のように昏い。

わたしが知ってる彼とは別人のようだった。


「雪君。あなたがなんで……」


「そろそろ柚子さんの変わりが必要だと思ったんです。
加岐馬島は土地の秘密を守るため、余所から訪れるものを歓迎しないし、島から人を出すのも好まない。

でもそれじゃあ血は濃くなり、そのうち絶えてしまう。

じゃあ僕が新しい血をいれよう、そう思いました。

椿さんじゃ神の花嫁は務まらない。

無垢な心を持ち、傷を負ったあなたが良かったんです」


----わたしは姉さんの代わりにここに呼ばれた。


余所外の答えに戸惑う。

雪君はそんなわたしを見て首を傾げ、目を細めた。


「本当はゆっくりと時間をかけるつもりでした。

僕自身のものにするために、じっくりと信頼関係を築いていこうと、そう思っていたのに、余計な邪魔が次々と入って……」


「雪君。わたし……わたし信じられないよ」


「すべてに耳を傾ける必要はありませんよ。
僕はあなたがそばにいてくれたら、それでいいんです」


そういうと、雪君はわたしの右手を優しく掴んだ。

両手で包みこむ。

暖かなその手が、とても悲しかった。


「最初は真紀さん。彼女はあなたに余計な知識を与えた。
早々に消えてもらわなければ、今後邪魔になる。
そう思って舞台から降りてもらうことにしました」


「でも一体どうやって……あの時、雪君はわたしと一緒にいたのに」


「それは私がお手伝いしたからですよ」


わたしの言葉に割ってはいる男性の声。

これの声は……


「まさか、先生?」


快さんが懐中電灯を向けた先に、割れた眼鏡の奥で冷ややかにわたし達を見つめる神原さんの姿があった。

わたしに気づいた神原さんは辛そうに目を細める。


「生き神の存在に興味を持ち、加岐馬島に来ました。

亘一さんは幼いころからの教育が人格破綻を引き起こし、生身の人間よりも死体を愛するという屈折した感情をもっていましたが、雪さんは優しさと畏怖を兼ねそろえた完全な存在。

そしてなにより孤独な神だった。

だから私は彼の為になんでもしよう、そう思ったんです」


シゲさんはぎりぎりと歯ぎしりしながら、今にも喰いつきそうな目で神原さんを見ていた。

神原さんは眼鏡の位置を片手で直した後、


「雪さんと蜜花さんが一緒の時に、カフェスペースから突き落としました。

雪さんに疑いにいくことを避けたかったからです。

彼女は快さんを慕っていましたからね。

相談に乗るというと喜んでついてきましたよ」


と、どこか他人事のように話す。
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