地の棺(完)
「あなた達は知らない。僕がどんな目にあってきたか。僕が生き神として祀られてる間、あなた達は普通に生きられたんだから。

蝙蝠と同じように生き血を好みなさい。

そういって産まれてすぐから人の血を飲まされた。

最初は綾子という女性のものを。

それからはこの島にやってくる旅行者のものを。

知ってましたか? 椿さんがこの屋敷で囲われてた本当の理由を。

僕と叔父のためですよ。

新鮮な血を与える為、その為に生かしてたんです」


血を……

胃からこみあげてくる酸っぱい胃液を口の中に感じ、手で押さえた。

雪君は微笑み、シゲさんを指さす。


「千代子さんは僕の行動に気付いた父への警告で殺しました。

あの演出もヒントですよ。

穢れた下腹部を意味してます。

そして多恵さん。

彼女だけはお世話になった分、苦しめたくなかった。

だから良く眠れるからと、先生に致死量の睡眠薬を渡してもらったんです」


雪君の告白は、どこか他人事のよう。

神原さんも雪君も、一番犯人像から遠い人だった。


「雪君……あなたがわたしを山の中に運んだの?」


雪君は首を左右に振る。


「先生に頼みました。
みんな部屋に閉じこもってましたからね。

ここでなにか大きな変化を与えようと思ったんです。

閉じこもっても安全じゃない。そうわからせたかった」


「でも、雪君も山の中に……」


「母は千代子さんの死から、恐怖に震えていました。
次は自分じゃないか。蜜花さんが柚子さんへの仕返しにこんなことをしているんじゃないか、そう考えていたんです。

だから僕はそれを利用することにしました。

先生に協力してもらって僕も役者の一人になっただけですよ」


役者。

雪君はまるで舞台俳優のように大げさな動きで礼をした。

神原さんは右手を前に出し、小さな光を発する時計を見た。


「雪さん、そろそろ……」


その言葉に雪君は頷く。

そして再びわたしを見ると、右手を差しだした。


「もうすぐ父が呼んだ警察が来ます。

知ってましたか? 父は崖から落ちたわけじゃありません。
自分の部屋から通じるこの穴の中に隠れていたんですよ。

父も蜜花さんが報復にやってきたと思ってたんです。

先生に協力させて、ずっと籠ってたんです。

蜜花さんが嵐の夜に聞いた争う声、あれは僕と父ですよ。

蜜花さんを先に殺そうとおびえる父を宥めるのはとても苦労しました。

僕は先生とここから移動するつもりです。

蜜花さん、一緒に来てください」
< 193 / 198 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop