地の棺(完)
「あ、ありがとうございます」


「いえ、あまり身を乗り出さないように気をつけてくださいね」


確かに手を滑らせでもしたら、簡単に落ちてしまうだろう。

わたしは右横の壁に手をつき、ゆっくりと顔を外に出した。

この下には真紀さんの体がある。

快さんがシャツをかけていたけど、それでも拡がる赤い血や生気のない手足を見るのは怖い。

目を細め、恐る恐る下を覗いた。

だがすぐに目を大きく見開く。

そして探した。

見下ろした先に、あるはずのものを。


「……ないんだよ、どっこにも」


いつの間にか隣に立っていた快さんの声に、返事をすることもできない。


そう。

わたしの目線の先にあるはずの真紀さんの体。

それがどこにも見当たらなかった。

割れたガラスや血だまりはそのままに、真紀さんの体だけが忽然と消えている。


「なんで……」


尋ねたわけじゃないが、思わずそんな言葉が口から出る。


「さあね」


快さんを見ると、彼は表情こそ変わりがないが、その瞳は怒りが満ちていた。


「あの、私、思うんですが……」


それまであまり口を開かなかった、千代子さんがか細い声を発する。

視線が集まり、千代子さんは少しひるんだ様子を見せるが、おずおずと口を開いた。


「あの、真紀さんはご無事なのではないでしょうか?」


それはあまりにも意外な言葉だった。

カフェスペースにいる皆が、驚きの表情で千代子さんを見つめる。
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