君に奏でる物語
君は何かを言ったけど、
僕には聞き取れなくて、
僕は混乱するばかりで。
聞こえもしない耳を塞いだ。

君は鞄からスケッチブックを取り出して、乱れた文字で“深呼吸”と書いた。
僕は意味が分からなくてその文字を凝視する。

僕の耳から塞いでいる手をそっと剥がした君は、

『吸って』

『吐いて』 

と、動作で分かるように“話して”くれたんだ。

吸って、

吐いて、

吸って、

吐いて、

僕らは何度そうしただろう?

そして君はまた文字をつづる。今度はさっきよりもずっと丁寧に。

『落ち着いた?』

君のふわりと優しい笑顔が僕にそうたずねる。
僕は小さくうなずいた。
不思議なことに、世界は静かなままなのに、それでも僕は怖くなくなっていたんだ。
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