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さよならは、パパの味
いちかわゆかり
/著
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ポップな女の子のキャラクターが描かれた赤い袋のミルクキャンディ。 誰もが知っている、そのミルクキャンディ。 テレビで流れているキャッチコピーによると、そのミルクキャンディはママの味だという。 袋から一つだけキャンディを取り出し、口にほお張りながら、私はテレビでもよく流れるこのミルクキャンディのキャッチコピーを思い出していた。 ほお張った口の中でミルクキャンディが唾液でじんわりと融けていき、舌の奥のほうへと優しい味が広がっていく。そして鼻のほうに抜けていく、赤ちゃんの頃に戻ったような、どこか懐かしい香り。 子供達みんなが大好きな、そのような味。確かにママの味なのかもしれない。 そのミルクキャンディはママの味だというならば、パパの味とはどういうものなのだろうか。 私は思う。それはきっと、喪失の味ではないかと。 情けないパパ。愚かなパパ。頭がちょっとおかしなパパ。──愛しいパパ。 パパ、パパ、パパ、と小さな声で繰り返し呟いてみると、私はいつも狂おしい気持ちになる。 たった今、私に「好きだ」と言って、自分の言った言葉の意味に気づき、膝も腕も床に付いて情けなく泣きじゃくっているこの男をどうしてやろうか。 蹴り倒してやりたい。踏み潰してやりたい。滅茶苦茶にめためたに甘えさせてやりたい。 私が舐めているミルクキャンディを口移しして、そのまま深いキスをして、唇を噛み切ってもいいな、とも考える。 ね、パパ。 このキャンディ、甘いよ? でも、あげない。 私はいつの日か大人になる。なっていく。中学生になり、高校生になり、大学生になり、大人になるだろう。 だけどパパは子供の私が好きだから。そうだよね、わかっていたよ。 だけど私はいつまでもパパの事が好きだろうから。 そしてきっと大人の私は子供の頃の私を憎むようになるだろう。 今の子供の私が好きなパパはいなくなってしまう。パパが好きな子供の私もいつかいなくなる。 だから、私にとってパパの味とは喪失である。 喪失を簡単に言うと何だっけ。そうだ。さよなら、だ。 口の中のミルクキャンディは、もう、ない。舐めきっちゃったからね。 さよならは、パパの味。
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