八谷紬さんのレビュー一覧
ハイクラスのホテルというのは、なにも恋人同士で泊まるのがお決まりのパターンじゃない ひとりでも、友人とでも、気持ちよく泊まれるのがいいホテル 悲しいことがあったとき、 踏ん張りたいとき、 新しいスタートを切りたいとき、 私たちはきっと、普段とは違うハレの場として、そういう場所を選ぶのかもしれない 豪華な部屋で、やわらかなベッドで 手に入れるのは、人の温もりでもあり、楽しい時間であり、気持ちの良い眠り 彼女の切り替えとスタートに、きっとその一夜は温かくやさしい時間と場所を与えたのだろう 彼がけして連れてきてくれなかった、豪華な部屋で
誰だって、意地を張る まだ負けてない、まだやれる あいつになんか、屈服しない でも同時に、その侘しさも知っている 意地を張るのは、認めたくないから? 違う、女だから 女は強くて、脆い それはもう、どんな氷の柱だって叩き割れそうなほどパワーがあるし それはもう、どんな深海の底にだってたどり着けそうなほど打たれ弱い この短編につまってるのは、そういう女 たぶん独りでも生きていける でもきっと独りでは生きていかない それは弱さでもあるし 愛しむべき、女の力
結婚式はゴールじゃない、スタートだ、とはよく聞くけれど 本当はふたりの人生はもっと前に始まってる それでも、結婚式ってまたあらたなスタートなんだろうなあと すんごい苦労して悩んで喧嘩して泣いて そこを乗り越えて、夫婦になる、って誓う日は 入籍したときとはまた違う想いにあふれるのかもしれない あいしてるという慈しみと だいすきという優しさと やわらかでいてコミカルな語り口調でつづられた記憶、想いは 読んでいるだけでほっこりと温かい気持ちになれます おしあわせに。 どんな形だって、ふたりがしあわせなら、最強です。
きんもくせいの匂いがする。 そう小説に書き記したのは山田詠美だった。 それ以来、金木犀の香りは私にとって「恋愛小説の香り」になった。 匂い、というものは常に私たちの周りにあって、プルースト現象ということばがあるように、それによって記憶や感情が扇動されることもしばしば。 季節のうつろいを感じることも、異性を感じることにも密接な匂い。 ひとりで生きていくことを決めた女性が淡々と語る日常は、きっと誰にでもわかってしまう部分があるもの。 しかし突如やってきた非日常は、想像するにとどまる人の方が多い。 それを匂いという誰もがわかるもので繋げて、同時にひとつの恋を落として。 僅かに、けれど確実に動く気持ちを静かな文章で綴る。 どこか儚げで、きれいでいて、そわりとする短編。 金木犀の香る頃、また再び読みたいと思う。
たとえ十数年でも生きていたら逃げ出したいことだってある とても嫌な思いをしてそれを切り捨てたら楽になることもある だけどこれは 逃げて、逃げて、目を背けて それでも逃げ切れなかったふたりの物語 生きるのはけして楽しいことばかりじゃない じゃあ必ずしも均等に苦楽がやってくるかといえばそうでもない 苦しみばかり続くことは多い どうして自分ってこうなんだろうって 違う環境に生まれてきてたら、もっと楽しい人生だったのかなって 悔んで泣いて、また日は昇る そんなとき、助けてくれるのは 自分の名前を呼んでくれる誰か たとえひとりでも、自分が気づいていなくても たったひとつの自分だけの名前を呼んでくれる誰か 強く生きよう、そう思えるのはとても立派なこと でも本当に大切なのは、そこに至る過程 陽太と月子の苦しみを その大切な七日間を、ぜひ
記憶の中に今も残る女性 家族とも友人とも断言できない、曖昧でいてでも確かに心にいるひと 幼き日の記憶と思春期のころの記憶 その両者がもどかしく絡み合い、自分に明るい影を落としている ひとつ感じたのは 子どもの頃の記憶、思い出は きっと大人になってもずっと自分を支配してしまうのだろうなぁということ ほろり、という言葉がとてもよく似合う短編 一度読んだだけでは味わい切れない、物語をぜひ
人は誰もが、大なり小なり何かを背負って、何かに傷ついて生きている それはけして特異なことじゃない、当たり前のこと でもその当たり前が あって然るべきものが とてつもなく、重くのしかかることがある 愛の形に正解はないし 寧ろ形なんて存在しないのかもしれない 様々なことがあってでもそれをひとつひとつ乗り越えてきて やがて愛というものを確信するのかもしれない 虐待、DV、いじめ 世の中は哀しいことで溢れてるけれど 大切なものもきっとたくさんある そんな気持ちを持たせてくれる、真っ直ぐな物語を是非
何気ないこと だけどそれが意味を持つこと 言葉は不思議で、選んだ人によって色が加わり 読んだ人によって味が加わる どこかくすりとしてしまうような それでいて頷きそうな 不思議で優しい色の世界へあなたも、ぜひ
他愛もない夏のイベントだった 少し離れたところにある病院跡 そこに少年たちは行くことにした ちょっとビビりと ビデオカメラ片手ではしゃいでるのと どこか冷めた目で見てるのと だがそこには――…… 都市伝説と聞けば誰もが知っているかのような気がしますが これはきちんとストーリーがあってぐいぐいと引きこまれていきます そしてきちんと怖い 言葉はおかしいですが、本当にぞくりとしました 暑い夏の日に、恐怖という涼しさは如何ですか
複数人の手記による資料。 一見、皆思い思いに書いているようで。 やがてひとつの可能性を紡ぎ出す。 手記なものの、それぞれ“らしい”言い回しで進む為難しいことはありません。 隅々に色々な疑惑が浮かんできて。 ああもしかして…と不安感を覚えながら。 これもひとつの物語。 短いながらも広がる世界を楽しめました。 あの頃の倫敦に、是非。
女は子宮で考える 女の中には宇宙がある だから、きっと その本心は掴めない たったひとことに全てを込めて そっと撃ち放つ 『ばいばい。』 どちらかというとしとしとと降る雨の印象を受けました 天高く降り落ちてくる細やかな雨 丁寧な筆致の文章に、女心共々惑わされてみるのも良いかもしれません 雨の季節に、ぜひ
たった4頁に表現された物語を語ってしまうのは実に心苦しい。 だから何も言わない。 それでもこのたった4頁に魅了され、考えてしまった者がここにいる。 ぜひ一度、読んでみて下さい。 静かに流れる音楽のような物語です。
しっとりとした展開でありつつ、小さく湧きあがってくる不安感。 なんとも言えないこの感覚は、怖いのではなく自分の足元がぐらついてしまうのに似ている。 ふとしたきっかけから出逢った“明け方のマリア” 手渡された青い鳥はずっとお守りだったけれども。 そこにあった、本当の意味は。 そしてそこにあった、それぞれの想いは。 きっと色々なものを抱え込んで得た境地に一輪の花を贈りたくなります。 丁寧な筆致で重厚に語られるストーリー。 おすすめします。
なんてことのない月曜の朝。 いつも通りにゴミを持って時間きっかりに捨てに行く。 でもそれは自分だけの当たり前で 自分以外のことは何が起こるかわからない。 ふとした出会いが、その後を変えてしまうこともある。 何気ない一言に、気持ちを変えてしまうパワーがある。 それはいつもの月曜日。 ゴミを捨ててしまう月曜日。 さらりと読めてしまうけれど明るい気持ちになれる物語です。 朝のひとときにいかがでしょう。
ほんとうに、ほんとうに大好きだけれども きっと入る隙はない二人の世界 だけどせめて好きではいさせてくれ―― チョコレートが嫌いな人にそうそうお目にかかったことがない。 だからこそバレンタイン、あちらこちらでチョコの香りがする。 恋人の為に作ったこともないチョコを作ろうとする絵里と その想いを遂げさせてやろうと一緒にチョコを作る陣 きっと本音は自分が一番欲しいけれど 今はただ愛しい気持ちを持ち続けるだけ ときにコミカルに描かれるバレンタイン でもきっと最後に胸に残るのは、ほのかに甘い優しい香り
傷付いて飛び出した彼 生きる知恵をショコラに教わり、初めて知る世界に喜び 優しいシロと出会う そんな彼につけられた名前はクロ クロは自分の視点で常に世界を見つめ 一歩ずつ着実に進んでゆくシロを見守り続ける 柔らかくそして朗らかな文で語られる物語は、優しく様々なことを問いかけてきてくれます。 何事も経験して初めて気づく。 そしてゆっくりと消化してゆく。 気がついたらもう終わっていた、それぐらい最後まで夢中でした。 素直に涙するシーンもあり、少しそわそわしたり、こっちまで嬉しくなったり。 クロであり宗一郎である彼に、そしてシロに出逢えて良かったです。 まるで春の木漏れ日のような温かさを是非。
完璧なんか目指さなくていい きれいな色も きたない色も 好きなように絞り出して 好きなように塗っていこう 不完全、それはけして悲しいことではないから 本来、詩を理解する必要はないと思う そのことばたちを飲み込んでみて、どう思うのか 好みはある でも私はこの“うた”が好きだ 選び抜かれたことばたちは脳に届きこころに着地し 心地の良い音が詰まることなくすうっと入ってくる 言語の羅列ではない“うた”に出会えたことがただ嬉しい
お嬢様を籠絡して楽して執事やっていこう―― なんて思っていたら、主人はとんでもなく何かがずれている人でした 出会った瞬間から全てを狂わされていく相手、でも決して憎めなく、その姿は素直で。 相手に対する感情に気づいたとき、自分の中で何かが決壊し、まとまってゆく。 個性あふれるキャラたちばかりで、でもそれぞれにきっちり役目があって。 学校生活一年を通して、それぞれが何かを得る… 王道パターンのようでも飽きが来ないのは、キャラの個性と読みやすい文章の賜だと思います。 みんな可愛くって、でもそれだけじゃなく黒い部分も持っていて。 何気に途中出てくるマニアックな部分に笑い転げてました。 上質なネタでいて、しっかり締める。 そんな楽しくてどこか心温まる作品です。 綺麗どころで終わらないのも、またいい。