稲葉禎和さんのレビュー一覧
異世界を移動するマシンに乗って旅を繰り返すSFアドベンチャー……と、単純にそういう括りでこの作品を紹介する事は出来ない。 作品の中で繰り広げられる会話文の洒脱さは、作者の最も得意とする所であるが、程よく味付けされたその洒脱さが少しも煩くない。確かな文章力があってこその、軽妙さ。 それをこの作品から感じるだけでも、読む甲斐はあると思う。しかし、真に深いテーマを見つけ出せる事も忘れてはならない。 空想科学小説としての面白さ以上に、ラストに向かって行くに従い伝わって来るメッセージは、科学万能の世界に警鐘を鳴らす痛烈な風刺となっている。 こういう警鐘的作品をさり気無く伝える術が、作者の持つ力量の大きさではなかろうか。そして、絶対的に上手いと感じたのはキャラの活かし方であった。 この作品を読んだ誰もが、それぞれの原口龍太郎博士を想い描けるであろう。 月星大豆氏の真骨頂ここにあり!
僕達はリアルタイムで新しいタイプの作家と出会っているのかも知れない。 語りべを物語のセンターに置く…… 特に真新しい手法では無いが、それをあたかも作者本人のオリジナルのように読ませてしまうのは、作者の感性の素晴らしさから来るものであろう。 かなり深刻なテーマをさらりとコメディタッチに仕上げたセンスは、支持する読者数の多さからも充分に伺える。 さすが、大賞候補Aランク作品である。 つくづく、小説は文章の上手さやテクニックだけではなく、センスが一番であるという事と、オリジナリティの大切さを感じさせてくれる作品だ。 小説を書きたいと思っている全ての人々よ、この作品を先ずは読むべし!
一字一句、全てが無駄の無い描写。 読み手の想像を何処迄も膨らませてくれる作品です。 ふと、立ち寄ったカフェが最高の生き抜きの場になる…… そんな感じを与えてくれる素敵な短編に、あなたも触れてみては如何ですか? たった10頁なのに、下手な長編よりも心に何かを残してくれる筈です。 是非、御一読を!
業……誰しもが、己の中に住まわせている獣の心…作中の人物に嫌悪感を感じながらも、それはひょっとして自分の中にも巣くっている物かも知れないと、気付かされる。 主人公の置かれた世界は、決して非現実的世界のものでは無く、我々の身の回りで日常的に存在する世界なのである。 人間として、男として、親として、女として、様々な立場での大切なものを再確認させてくれる作品です。 重く暗い流れの中で、作者は書き手側の良心として、ラストは…それは、これから読む皆さんが感じ取って下さい。
一頁目から、作中の人物達が、血の温もりを感じさせるかのように動き出し、いろいろと場面を想像させてくれます。 いい小説には、全て共通点があります。 それは、無意識のうちに、読み手の脳内スクリーンに映像が浮かび上がり、登場人物達があたかも映画のように動き出してくれる事。 書き手は、自分の脳内スクリーンで映像を作り、それを文章に起こす訳だが、それがなかなかそのまま伝わらず、一人よがりで終わる事が多い。 良い意味で、書き手が楽しんで書き、それがそのまま読み手に伝わる作品。 まあ、変に理屈っぽくならず、先ずは一読を。 これ、かなり面白いですよ。
誰の模倣でも、誰かの影響でも無い筈なのに、そこには確かに文学の先人達の匂いがある。 読み手に迎合すべく、流行り廃りに気を回した作品では無い。 僅かな頁数の中にこれだけ密度の濃い文章を織り込ませられるのは、並々ならぬ筆力が無ければ書けない。 読む人によっては、新鮮さと衝撃を感じ、又、別の読み手には、純文学に初めて触れた時の青臭かった頃を思い出させると思う。 ケータイ小説=恋愛物 そういう流れとは別の次元にこの作品は立っている。 読み手側には、多分幾通りもの解釈が出来る小説だ。 ひょっとしたら、これは作者からの挑戦状なのかも知れない。 惜しまれるべき点は、数ヶ所誤謬の選択に一考を願う部分が感じられた事。 しかし、それも作品全体を損なってはおらず、これも又、作者からの問い掛けなのかも知れない。 いずれにしても、一読では無く二度、三度と読むべき作品であると思う。
「人の体は…ただの着ぐるみ…私は、あなたの魂に抱かれたい……」 作中より抜粋… この一文に出会えただけで、私はこの小説を読んで良かったと思っています。 きっと皆さんもそう感じれる筈…… 小説という非現実世界の中で、いかに真実を語れるかが、作者の技量が問われるところ。 この小説を読まれた方は、きっとその事に気付く筈です。