馳月基矢さんのレビュー一覧
妖と触れ合い、人ならざるものの想いを、人の世のものに届ける少女、銀花。 届屋を営む彼女は、天涯孤独な身の上ではあっても明るい。 家族のように見守ってくれる仲間がいて、仕事もあるのだから。 江戸の町に不穏な事件の相次ぐある日、妖を憎む青年、朔が現れる。 朔は腕利きでぶっきらぼうで、そしてどこか危うい。 やかて銀花が知ることとなる自身と朔の生い立ちとさだめに、胸が痛くなる。 憎み合ってしまった悲しい人と妖を、どうすれば救えるのか。 急展開を迎えた終盤は一気読みでした。
北海道、紋別の雪原で出会った青い目の人は、犬ゾリを駆る。 優しい口笛を吹きながら、まるで一陣の風のように。 東京で衝撃的な失恋をし、最悪な形で仕事も辞め、北海道へ傷心旅行にやって来た深雪は、お世話になった民宿にそのまま住み込みで働くことを決める。 先輩として深雪に仕事を叩き込むのは、青い目をしたイケメンの啓。 北海道弁バリバリで口が悪く、愛想も悪く……でも優しい啓に、深雪は惹かれていく。 仕事、家族、恋。 悩みながらも頑張る深雪の姿に元気をもらえる作品。 もふもふの犬たちがまたかわいい。 そいとね、地元愛にあふれる小説は、ざまん大好きばい。 九州の離島民けん、北海道、憧るっとです。
銀行の窓口で爽やかに対応してくれた彼は、社会人野球の選手だった。 職人、と呼ばれる左利きの二塁手。試合中もファンの前でもニコリともしないし、淡々としたプレースタイルもひたすら地味。 でも、そんな彼に、柑奈は惹かれた。野球のことなんて何も知らなかったけれど、ルールブックを首っ引きで。彼の職人的なポーカーフェイスの奥にある闘志と情熱を目撃するたび、彼に、野球に、夢中になっていく。 イケメンでも御曹司でもない、目立たなくて堅実な野球選手との恋模様は、地に足の着いたストーリーが心地よく、手に汗握る試合の描写も含め、とても楽しく拝読しました。
鮮やかに澄んだ茜色。 それは自分とは違う色だと、茜は思う。 マスクに依存して顔を隠し、本心を隠し、言いたいことを言わず、やりたいことを見付けられない。 優しく瑞々しい青磁色。 それは彼らしい色だと、次第に気付いていく。 初めて会ったはずなのに茜の何もかもを見抜く目をして、嘘つきだ嫌いだと言い切り、茜を傷付けた彼だったけれど。 我が強くて自由な青磁に引っ張り回され、茜の目は、身のまわりに溢れる美しい色と風景を知り始める。 絵を描く青磁の目に映る世界は、なぜこんなにも輝いているのか。 その理由に触れたくて、ただ青磁の側にいたくて、茜の心が大きく動き出す。 美しい情景と絵、怯えて揺れる茜の心、芽生えていく初めての恋を、細やかに描写する筆致が魅力的。 誰もが皆、茜のように、わずらわしいけれども嫌いになれない日常の中で生きている。 茜への共感が、頑張る元気をくれた。
子どもは親を選べない。 例え親が受け入れがたいほど弱くてずるい人間であっても、子どもは親から離れられない。 経済的にも、精神的にも。 のばらや一吾から見て敵対的に描かれる登場人物も、根っからの悪人ではない。 ただ弱くてずるいだけ。 誰しも少しはそういう汚さを抱えて生きているはずで、その弱さやずるささえいとおしく思える愛や恋もあるだろう。 だからといって、人が人を傷付けていい理由にはならない。 肉体的にも、精神的にも。 のばらと一吾の初恋の物語であり、家庭環境に振り回される子どもたちの社会小説であり、不良少年の群像劇であり、リアルな女子の生態をとらえる学園小説であり、たくさんのエッセンスが詰め込まれた大作です。 テンポのいい文体、のばらの正直さ、生き生きとしたキャラクターのおかけでとても読みやすくて親しみやすく、切なくも力強いラストまでページを繰る手が止まりませんでした。
ひたむきに空を飛ぶ彼はとても美しい生き物で、一目で好きになった。 次の瞬間、彼こそが、親友が想いを寄せる人なのだと知った。 親友と一言で済ませられないくらい大切な彼女のために、「私」は、恋する想いを消そうと決めた。 人とコミュニケーションをとるのが苦手で少し臆病な遠子が、絵を描くことを通して、恋のキラキラした気持ちや切なさ、嫉妬、苦しみ、いろんな感情に気付いていきます。 色鮮やかなその文章表現が美しく、胸に迫ります。 遠子が恋する彼方の棒高跳びのシーンもまた、遠子の目に映るままに丁寧に、自由に、輝かしく描写されています。 彼方という少年と棒高跳びという競技の魅力が語られ、ストーリーに圧倒的な説得力を与えているように感じました。 切なくてまっすぐで爽やかな、始まったばかりの恋の物語です。
瑞穂の目には、誰もが「穴顔」にしか映らない。 顔があるのは、新しい家族だけ。 恐怖の対象、母親代わりの人。 冷たく苛立った、腹違いの兄。 単身赴任中の無責任な父。 瑞穂の世界そのものだった母はもういない。 私は母に裏切られたの? 誰の言葉を信じればいいの? 私は存在していていいの? 学校で「穴顔」じゃない人に出会った。 溌剌とした美少女のマリ。 自由自在に飛び回る遊馬。 穴顔とそうじゃない人の違いは何? ときどき訪れる鮮明な白昼夢の正体は? 私に手を差し伸べる彼らは何を思っている? 傷付け合ってしまった不器用な家族は、やがて互いを見つめ合う。 目に見えるもの、見えないもの。 大切な感情は、真実は、どこにあるのか。 少しずつ顔を上げていく瑞穂と、彼女を救いたい皆の思いがようやく噛み合う瞬間は、「温かい、優しい」だけでは言い表せません。 瑞穂が見届ける「さよなら」が胸に迫りました。
人間そっくりの高性能ヒューマノイド、ルイ。 ある目的のために彼を誕生させたのは、エミリの父だった。 感情を忘れ去ったエミリとは裏腹に、ロボットのはずのルイはよく笑うし、少し泣き虫で、嫉妬することも戸惑うこともあって、たまに「良い性格」になる。 いつでも直球のリカコ、物静かな隠れイケメンのアカリ、神様みたいな笑顔のナル、そしてエミリとルイ。 アンバランスに見える5人は、いつしか、かけがえのない仲間となり、支え合って、それぞれが抱える心の闇に向き合っていく。 ルイが獲得した心や命、体を持つ前から抱き続けていた愛と使命。 ルイが流す涙の意味を本当に理解したとき、エミリは、消せない過去を背負いながらも前に進んでいける。 心と命、愛の形を問い掛ける物語です。
大学一年生のころ、「僕」は渡に出会った。 どこか斜に構えて不機嫌そうで、影を背負ったような、独特な雰囲気の渡。 純文学をきっかけに次第に仲良くなった「僕」と渡は、ありふれた友達同士として、ひと夏をともに遊ぶ。 海へ行こう。 朝からママチャリを漕いで。 約束を交わす二人に訪れる悲劇に、胸を締め付けられました。 渡の背負った罪悪感と因縁、祈り、愛、悲しみは、彼自身の口からは決して饒舌には語られません。 本質的には明るい渡の諦めきった表情は、だからこそ、なおのこと強く印象に残ります。 一人の女性を愛した二人の青年の、ともに過ごした短い青春の記録です。
紅朧と書いて、くろう。 それが、赤い唐紐を首に付けた美しい黒猫の名前。 紅朧は、主の仁央様のことが大好きだ。 仁央様も紅朧をとてもかわいがってくださる。 その雨の日、仁央様の愛しの君、綾様も紅朧をかわいがってくださった。 屋敷にいないときの仁央様のお姿を見られて嬉しかった帰り道、紅朧の身に悲惨な運命が訪れて――。 柔らかで丁寧な言葉で綴られる、平安時代の情愛の物語です。 紅朧は愛される、けれども時は移ろっていきます。 その無常の世界観に惹かれました。
何かとても大切なことを忘れている。 高校生になって充実し始めた日々の中で、美冬は気付いた。 知っているはずのことを思い出せない。 知らないはずのものを大事にしている。 読み進めるごとに、美冬の消えた記憶、雪夜の背負った十字架の謎が明かされていきます。 クラスメイトの嵐や梨花の明るさと強さに背中を押されながら、悲しみに向き合う美冬の心の成長が、胸に残りました。
個性豊かな役者たちの、戸惑いあり、切なさあり、笑いありの恋愛模様。 大好きな友達と大好きないとこに、正直になってほしくて。 「逃げ惑う恋心」 つかみどころがない彼の、本番直前の爆弾発言。 「その恋心は罰金刑」 大きな体の彼は、そして、綺麗な所作でスマホを仕舞った。 「その影は恋を知る」 おまえら付き合ってないとか、ありえねえだろ!? 「そんなふたりの恋の距離」 座長代わりの最年長の俺と彼女が初めて会話したときに。 「恋の始まりは桃色に染まる」 男友達と夏祭りに行った彼女に、不甲斐なさを自覚して。 「愛情に宣戦布告」 彼女の優しさを引き出せるのは誰なのかを知ったから。 「その恋は僕を成長させる」 彼にとっては些細なことでも、私はいちいち悩んでしまう。 「逃げ惑う乙女心」 思わずニンマリしつつ、胸が温かくなる短編集です。
両想いだと感じていた。 「君」が志望校を「私」と同じにしてくれて、嬉しかった。 一緒に勉強を頑張った。 「一緒に北高に行こう」 何度も繰り返した、その言葉。 それは、本当は「私」にとって、嘘だった。 一生懸命に受験勉強をする「君」の邪魔をしないために嘘をついてしまう。 その罪悪感と後悔、切なさに胸が締め付けられます。 自分の弱さと情けなさに傷付いた思い出は、今は、胸を抉るようなマイナスだとしても。 将来、絶対値で括ることができたときには、きっと、とても大きな価値を持つのだと信じます。
レイラの心は揺さぶられる。 悪魔のように美しく冷酷なロックシンガー、リヒトに囚われ続けた7年間。 子犬のように懐いた年下のルイが、抑えきれない想いのままに抱きしめてくれたぬくもり。 リヒトの強烈なまばゆさの前にひれ伏すことが許されるなら、幸せな恋などいらないと思っていた。 ルイのぬくもりこそ残酷で、孤独の冷たさを知らしめられたレイラは、もう一人でいられないと気付いてしまう。 愛する人に、愛されたい。 だんだんと自分の望みに気付いていくレイラの行く手に、分かれ道がある。 レイラは、どちらを選ぶのか。 切なく、寂しく、限りなくいとおしい気持ちになれるラブストーリーです。
三角関係? というか、二股? しかも、同棲カップルの愛の巣に住み着いた“無口な美女”!? 主人公のミカちゃん、なんてけしからん男に尽くしてるんだろう。 憤りつつ読み進めるうちに、じわじわと解けてくるトライアングルの謎。 ほっこりします。 ニマニマしながらお読みください。
親友である女の子に恋をした、彼女。 誰よりもそばにいたから、いちばん近くで彼女を見ていた。 誰もが憧れる男の子に恋をした、彼。 付かず離れずの距離は、近付いて突き放されるのが怖いから。 転校していく親友は、彼女に何と答えるだろう? 憧れのあいつが好きな人は、一体誰なんだろう? 男女交際禁止の学校。 交際するのは「男女」だという、常識的で窮屈な決め付け。 彼女と彼はお互いの秘密を共有できる友達同士。 でも、どうして「秘密」にしなきゃいけない? 恋心をいだくのは、あまりにも自然なことで、その向かう対象を自分で制御したりなんてできない。 否定されなければならないほど、彼女の、彼の、恋は間違っているのですか? 気持ち悪くて醜いものですか? 叶わない恋をしてしまうのは、彼女だけ、彼だけではないはず。 彼女の、彼の、切なさの形を、どうぞリアルに読み解いてください。
目立たないように、ひっそりと、人間社会の影に溶け込んで生きていけたらいい。 そう願っていたヴァンパイアの血を引く少年、エルザ。 そんなエルザの前に、まるで嵐のように現れたのが、女応援団長の和真と副団長の荘司。 和真は凛々しく美しく、何事にもまっすぐな目を向ける。 お調子者の荘司は、その実、誰よりも思いやり深い兄貴肌。 二人の勢いに引っ張られ、戸惑ったり落ち込んだりしながら、エルザは自分の力で前に進み始める。 自分の心に正直に向き合い、楽しそうに笑うようになるエルザが微笑ましかったです。 だからこそ、ヴァンパイアの呪いに蝕まれていく姿、弱った体でヴァンパイアの狂気的象徴と戦う姿は、やるせなく、残酷でした。 恋に落ち、愛を知り、優しさに生きた一人の少年。 彼の純粋な生き様を描く、ちっぽけで美しい物語です。
『my sky home』 「父」と「新しい母」は、恋人がいるハルにお見合いを押し付け、挙句には「スカイホーム」にハルを追いやった。 でも、脱走を試みたハルに知らされる真相は……。 『冷たいキミ』 交通事故を目撃した彩花は、不安のあまり恋人の拓斗に会いに行くが、彼の態度がおかしい。 まさか浮気? 彩花を連れて「思い出の場所」へ行った拓斗は、涙を流して……。 『高台の人』 高台に佇む彼は、いつも悲しそう。 彼を慰めたい「あたし」だけど、彼とは話す言葉が違うから……。 『あなたの名前』 職業体験実習先の老人ホームで担当することになった未希。 人々との出会いの末に未希が見出した縁は、未来の希望を「彼女」にもたらすかもしれない。 四つの短い物語が輪を描けば、一つの大きな物語が浮かび上がる。 秋の夜長の読書に、この優しく切ない物語をお勧めします。